自分なりの前に。

Categoryはみだし者日記
はみだし者です。

俺から見ての話なので厳しいですが
お客様との会話がスマートじゃない
スタッフが居ます。

スマートじゃないなんて言葉で誤魔化さず
簡潔に言うと「聞き出す能力が欠如」してます。

「聞き出す」という事は、
目の前の人に対し、自分は何が出来るか
本心からそう思ったら躊躇はありません。

自分は店員、目の前の人は「客」
自分の役目は「売らなくちゃ」と
商売っ気の邪心が先に立つと躊躇が出ます。

人は鏡と何度も申しました。
目の前の人が心開かないのは
自身が心開いていないからだと。
「接客」という型にこだわりすぎて
迷いがあるから心開けない。

素直に「なぜ開けない?」と聞くと

「自分なりの目指す接客というものがあり、
それが出来るように努力をしているのですが」

こう答えて、ぶった切りました。

「まるでストライクの球も投げられない投手が
カーブやシュートの練習をしているようだ。
自分なりなどという自我を押し出す前に、
自我を捨て心を開いて人と会話が出来るように
なるのが先だろ?その『自分なり』という
自我が心を開く邪魔になってる事に気付けよ」


理解はしてくれたようですが、
若いので捨てる事がはたして出来るかは
まだまだ俺には疑問です。

プライドにも薬と毒の2面性が
あることを理解して欲しいものです。


はみだし者

1 Comments

BigLove  

やりかたとありかたと無我夢中

この話は、はみだし者さんと、以前したことがあったかも・・・。
記憶に基づいて書くので、以下、細部は間違ってるかもしれません。


映画評論家の淀川長治さんが晩年、毎日新聞日曜版で、ほぼ1面まるごと使って1件答える、丁寧な人生相談をやっておられて。
亡くなった後に掲載された、たぶん人生最後の文章が、こんなでした。

「僕は、貧しい人の力になりたくて、弁護士を目指しています。でも、とてもあがり症で、人前でまともに話をすることができません。
適性がないと、あきらめるべきでしょうか」

答えて曰く。
”あなたみたいな若い子が、人前で真っ赤になって、なにもしゃべれなくなるのはあたりまえ。僕もそうでした。”

そんな学生時代のシャイな淀川さんが、大好きなチャップリンの来日に、どうすれば会えるかなんてわからないままホテルに行き、ばったり本人に出会い、英語なんてまともにしゃべれないのに、あなたの映画のこういうところが好きだ・と、無我夢中でいろんな名シーンの再現をやり。

その後、縁あって映画会社に勤め、
数十年後、仕事でチャップリンとあった瞬間
「君は、あの時の少年だね!」・・・印象深かったんでしょうね。

”若いころは、苦手なタイプのひとだらけだった。
でも歳をとるにつれ、いろんなタイプのひとが好きになってきた。
今ではもう、200人の前に立っても、どの人もみな愛おしい。だから、もはや緊張しないんです。

あなたの、貧しい人の力になりたいという願いは本物だから、あなたは必ず立派な弁護士になりますよ。”


・・・ああ、いかんいかん。ついつい、いっぱい書き過ぎてしまう。
しばし、手足を縄で縛って、コメント自粛します(^^;

2010/10/30 (Sat) 00:04 | EDIT | REPLY |   

Post a comment